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プロフィール

山下功

Author:山下功
International Network Go Organization President
NPO法人囲碁文化継承の会 理事長
オール慶應囲碁の会 会長
ふなばし囲碁協会 会長
山下塾 塾長
浄土真宗僧侶

毎年千葉県、東京都の幼稚園児・小学生400人超に、仲間たちとともに囲碁入門を指導しています。

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TOP > 人との関わり

桐谷広人   2019.08.13

証券会社のHPを見ていたら講演会の演者として桐谷広人さんの名前が目に飛び込んできた。自分の知っている桐谷さんと同姓同名の人か、と思っていたら、当の桐谷さんであった。七條兼三さんの囲碁と将棋の会に四段になって間もない桐谷さんが米長邦男さんの紹介で将棋を教えに来ていた。だいたい棋士には独特な雰囲気があるが、桐谷さんにはそんな雰囲気はなく人当たりの良い人柄であった。まだコンピュータが話題になっていない時代に将棋のデータでは棋士随一と評判であった。冒頭の証券会社の講演会での桐谷さんの肩書は株主優待の評論家となっている。財テクに関して雑誌やテレビに出ているらしい。桐谷さんが将棋でなく投資家として著名になっているとは驚きである。指導将棋を何局も指していただいたので40年振りでも覚えているであろう。会ってみたいものである。
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若いうち   2019.08.06

陶芸のクラス会「五陶会」の昼食会があった。当初25人で発足したが現在は11人の会である。今回は全員出席した。N氏が何気なく言った「若いうちだけが花だ」、という発言に、そりゃ違うよ、とほかの10人が大反発。自分は若いときに花を咲かせたから後は余禄である、とN氏。ほかの一同、今を楽しく生きているのを否定されたと感じたか、そりゃ違うの大合唱である。若いとき花を咲かせればそれで十分で、あとは余禄と思うか、いや高齢になっても花を咲かせるか、これは高齢者の生き方の問題を含んでいる。意見が白熱している最中、重なってしまった別の会に出席するため中途で退席することになった。N氏には次回のよき話題に、と継げておいた。
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活水女学校   2019.08.03

予備に取っておいた長崎滞在が一日ぽっかり空いたので、ぶらり長崎、とした。ホテルから歩いて行けるオランダ坂からグラバー邸の散策を、とオランダ坂を息を切らしながら上ると、なんとそこに活水女学校がある。明治44年生まれの母親が大正から昭和にかけて学んだ女学校である。警備員に事情を話し校内で写真を撮りたいと申し出たが、自分にはその権限はないが、と言いながら昔の建物のことや、全貌を見るには向かいの高台が良い、と親切に対応してくれた。石垣の坂を上って登校してくる女子学生を暫らく眺めていた。母親から活水で学んだ英語、讃美歌などは聞いて育ったが、活水に通っていた頃のことは聞いていなかった。活水を首席で出たとか、通学路にある長崎よっ総の皿うどんや茶碗蒸しのおいしかった話など、母からよく聞かされていた日身さんの方が詳しい。束髪に矢絣の着物、紺の袴に編み上げ靴をはいた女学生の母の写真が遺っている。希望に満ちた青春時代であった筈である。なぜもっと聞いてやらなかったのか、不覚にも涙腺が緩んだ。魂が震えると、どうもいけない。

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これぞパートナー   2019.07.14

Kさんは二か所の囲碁指導のパートナーである。先週都内の小学校の指導中に二度Kさんからスマホに電話が入った。この日はいつも一緒に指導しているところは予定にないので、お子さんが怪我でもしたかと思い、授業が終わってから返信をした。青天の霹靂!今日、F園では保護者を招いていて囲碁の指導を観てもらう日だという。スマホの予定に入っていなかったが穴をあけたのは事実のようで帰りにF園に謝りに行った。家に帰ってF園の年間の指導予定表を見たら予定には入っていない。スポットで指導日が入ったことになるが、年間予定に頼っていたために穴をあけたことが分かった。その事情を説明しにF園に行った。同じ日にKさんも説明に行ってくれていたことを後で知った。ミスはしてはいけないが、もしミスをしたらすぐに対応することが必要である。話し合ったわけではないのに、同じ日にミス対応をしたとは、これぞパートナーである。Kさんありがとう。
築地

高林拓二さんの訃報   2019.07.09

高林拓二さんの訃報が新聞に載っている。高林君との付き合いは今から66年前である。住んでいた大田区久が原から池上線で三つ先の蓮沼で下車、歩いて10分程のところに渡辺祿郎先生の碁会所があった。渡辺先生のところは棋書が多く、先生の人柄もあって院生のたまり場であった。研修のない月曜日から金曜日には安倍、菅野、高木、黒沢、川本、小杉、高林君らがよく集まっていた。その雰囲気に惹かれ自分も学校帰りにしょっちゅう寄っていた。一時、宗教の場に身を置いていた高林君が囲碁に戻ってきて内弟子を採りプロ棋士育成を始めたのが船橋市の隣り鎌ヶ谷市である。当時山下塾は前原の自宅でやっていたから距離的に近く、強い子が多くいたので毎週日曜日高林門下生が勉強に来て、この交流は数年続いた。その後高林君が都内に引っ越して自然に疎遠になった。独特な世界観を持って弟子を指導していたが、短期間でよくプロ棋士を輩出したものだ。許、富士田、小池、伊藤優、外柳、張瑞。この前の許さんの碁聖就位式で会った折に、まな弟子の初タイトル獲得おめでとう、と祝した時には元気な様子であったのだが・・・よき弟子揃いなので、今後タイトルを幾つも獲るであろう。合掌
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