プロフィール

山下功

Author:山下功
International Network Go Organization President
NPO法人囲碁文化継承の会 理事長
オール慶應囲碁の会 会長
ふなばし囲碁協会 会長
山下塾 塾長
浄土真宗僧侶

毎年千葉県、東京都の幼稚園児・小学生400人超に、仲間たちとともに囲碁入門を指導しています。

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またやっちゃった   2018.05.26

またやっちゃったの、と日身さんに叱られた。塾生OBのタンブン君が結婚した、と母親から聞いた。どうしてもっと早く知らせてくれないの、と言ってやったら、嫁さんの紹介をかねて食事に招待したい、と本人から連絡が入った。ご馳走してくれなくていいからウチにおいでと誘っておいた。SNSでのやり取りをスマホの予定表と日身さんと共通のカレンダーに書いて置かなかったのがいけなかった。S学院小の指導から帰ったところに、インターフォーンが鳴ってモニター画面で「タンブンです」と言っている。しまった今日だった、と思い出した。上がってもらったものの、日身さんはプールに出かけていて留守。自分の家ながら日身さんが居ないと何をどうしてよいのかさっぱり分からない。タンブン君の嫁さんにコーヒーを入れてもらった。こういう人は中々いないと思うほど良い嫁さんである。ひたすら日身さんが早く帰ってくるのを祈っていたが、来た序でに母親のところに寄っていく、と一時間ほど話して帰った。直後に帰宅した日身さんは、私以上に呆然、予定表にすぐ書かないからこういうことになる、と叱られた。家にきてくれた客には精いっぱいの食事でもてなすもの、と心得ている日身さんにとっては残念な出来事であったろう。名誉?挽回させてもらう機会を日身さんが二人と約束している。当分日身さんに頭が上がらない。
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奇特なこと   2018.04.15

山下塾の保護者が折り入って話がある、と訪ねてきた。そろそろ受験に向けて退塾の申し出か、と思って待っていた。あにはからんや、息子二人が山下塾に通い囲碁が強くなり世間が広くなった。これは息子たちの一生の財産であり感謝している。この度思いがけないお金が入ったので先生の子供囲碁に係る活動に遣っていただきたい、これは祖父母の意思でもある、と百万円の寄付金を差し出された。二人の息子がこれから高校、大学へ進むのに、進学費用はいくら掛かるかわからない中での申し出である。なんとも奇特なことで、心底吃驚した。その気持ちは固く、武井弘基金として寄付金を有り難く預かることとした。どんな使い方をするか、今は何も頭に浮かばない。子供囲碁の広がりのために使わせてもらうとだけ決めている。こんな指導者冥利に尽きる話はない。山下塾生には毎週宿題を出しているが、自分にとっても残りの人生に宿題を頂いた、と思っている。
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五陶会   2018.04.02

船橋市民大学陶芸科のクラス会である。五陶会は9年前に25名で発足したが、現在は会員が12名である。一桁になったら解散しようと決めている。毎火曜日はゴルフと決めているくらい元気だったH君が、この半年間に3回入院したということで、話題は専ら病気のことが中心となる。出会うなりKさんから「ありがとう」と言われた。前回の集まりでカテーテルアブレーションの話を聞いていたので安心して手術を受けることができ、すっかり不整脈が無くなって生活の質が上がった、とのことである。年寄りが集まると孫の話と病気のこと、と言われるが、こんな風に病気の話も役に立つことがある。次回6月の鑑賞会の日程が決まった。12名の元気な年寄りの手帳には、予定がぎっしり書きこまれていてすごい。
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一浪の成果   2018.03.27

山下塾生OBのユウタロウ君が後輩の指導に来てくれた。彼は東京のプロ棋士の教室に通っていたが、遠いことから転塾を頼まれて引き受けた子である。何より対局態度が立派であった。学校でもユウタロウを見習え、と言われていると聞いたことがある。二年前第二志望の国立大学に合格したが辞退して一浪後の昨年第一志望の国立大に合格した。物理学を勉強している。前にも増して男っぽくなった。1年間の勉強でどれくらい成績が上がったか聞いた。大学入試センター試験で600点が700点に100点上がったと言う。100点というと50万人受けて何人抜いたことになるのだろう。現役の時の点数が低いから何の基準にもなりません、と謙遜するが、平均点が530点くらいだから立派なものである。浪人を決めた塾生OBに、1年間の努力の成果として伝えようと思う。
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遺言   2018.03.14

田中秀穂君の遺言とも言うべき約束が果たせた。田中君とは慶應高校からの棋友である。ここ数十年は「ほしの会」(慶大囲碁部同期の会)の幹事を務めてくれていた。彼が体調を崩し「ほしの会」は休会としていたが昨年末頼みがあるとのことで鎌倉の自宅に行った。「ほしの会」の一番のライバル梅川君から形見の意味で貰った碁盤を預かってほしいとの頼みである。木裏ながら木味の良い五寸の榧盤である。その折、その碁盤での田中君との一局は数手で終わり、年を越すのは難しい、と感じながら帰宅した。通夜の席でその碁盤を囲んで、ほしの会の仲間、鎌倉碁会所席亭、親戚の二人と田中君を偲んで連碁を打った。碁盤の行き先は田中君の思いを忖度してどこが一番おさまりが良いか考えた。もともとの持ち主である梅川君の息子さんは街の七段くらいの打ち手である。田中君とのやり取りを話し碁盤を引き受けてほしいと頼んだら、事情を察し引き取りに行ってくれることになった。預かっていた遺言の約束を果たせてほっとした。極楽浄土で梅川、田中両君は碁盤なしで対局しているのであろうか。

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