プロフィール
Author:山下功
International Network Go Organization President
NPO法人囲碁文化継承の会 理事長
オール慶應囲碁の会 会長
ふなばし囲碁協会 会長
山下塾 塾長
浄土真宗僧侶
毎年千葉県、東京都の幼稚園児・小学生400人超に、仲間たちとともに囲碁入門を指導しています。
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JFEホールディングスからの支援金 2019.11.23
千葉県少年少女囲碁連盟の活動に理解をしてくれているのは、JFEホールディングスである。2004年に当時の日本棋院理事長加藤正夫さんが、いいところに連れて行ってあげる、と言われて、お供したのがJFEホールディングスの江本会長の執務室であった。そこで連盟の活動について話した。その年の暮れに加藤さんが急逝されたので、この話は流れた、と思っていたら生きていて翌年3月に連盟への支援が実現した。爾来14年間変わりなく賛助金を頂いている。ありがたいことである。窓口になっている事務局長が新任されたので西崎会長と二人で挨拶に行った。年間の活動を説明し、連盟主催の子供囲碁大会を見に来てもらうようお願いした。また囲碁はアタリがわかる程度、と言われたので、30分で打てるようになる入門講座も聞いてもらうようお誘いした。


橋本寛さん 2019.10.14
橋本寛さんが亡くなった。彼はふなばし囲碁協会の専務理事として会の運営に設立当初から力を貸してくれた。またNPO法人囲碁文化継承の会にも発足と同時に会員になり活動してくれていた。彼の発想で開催した級位者だけの囲碁大会は今年で22回を数える。こうだと思ったことは、多少の異見は吹き飛ばす馬力があった。その一方で小学校放課後教室「ふなっ子」での囲碁指導では、きめの細かい指導をしてくれていた。10歳年下の棋友に先立たれるのは寂しいが、これまで創り上げた大会や子供指導では跡を継ぐ人を育てているのは見事である。ご冥福を祈る。


桐谷広人 2019.08.13
証券会社のHPを見ていたら講演会の演者として桐谷広人さんの名前が目に飛び込んできた。自分の知っている桐谷さんと同姓同名の人か、と思っていたら、当の桐谷さんであった。七條兼三さんの囲碁と将棋の会に四段になって間もない桐谷さんが米長邦男さんの紹介で将棋を教えに来ていた。だいたい棋士には独特な雰囲気があるが、桐谷さんにはそんな雰囲気はなく人当たりの良い人柄であった。まだコンピュータが話題になっていない時代に将棋のデータでは棋士随一と評判であった。冒頭の証券会社の講演会での桐谷さんの肩書は株主優待の評論家となっている。財テクに関して雑誌やテレビに出ているらしい。桐谷さんが将棋でなく投資家として著名になっているとは驚きである。指導将棋を何局も指していただいたので40年振りでも覚えているであろう。会ってみたいものである。


若いうち 2019.08.06
陶芸のクラス会「五陶会」の昼食会があった。当初25人で発足したが現在は11人の会である。今回は全員出席した。N氏が何気なく言った「若いうちだけが花だ」、という発言に、そりゃ違うよ、とほかの10人が大反発。自分は若いときに花を咲かせたから後は余禄である、とN氏。ほかの一同、今を楽しく生きているのを否定されたと感じたか、そりゃ違うの大合唱である。若いとき花を咲かせればそれで十分で、あとは余禄と思うか、いや高齢になっても花を咲かせるか、これは高齢者の生き方の問題を含んでいる。意見が白熱している最中、重なってしまった別の会に出席するため中途で退席することになった。N氏には次回のよき話題に、と継げておいた。


活水女学校 2019.08.03
予備に取っておいた長崎滞在が一日ぽっかり空いたので、ぶらり長崎、とした。ホテルから歩いて行けるオランダ坂からグラバー邸の散策を、とオランダ坂を息を切らしながら上ると、なんとそこに活水女学校がある。明治44年生まれの母親が大正から昭和にかけて学んだ女学校である。警備員に事情を話し校内で写真を撮りたいと申し出たが、自分にはその権限はないが、と言いながら昔の建物のことや、全貌を見るには向かいの高台が良い、と親切に対応してくれた。石垣の坂を上って登校してくる女子学生を暫らく眺めていた。母親から活水で学んだ英語、讃美歌などは聞いて育ったが、活水に通っていた頃のことは聞いていなかった。活水を首席で出たとか、通学路にある長崎よっ総の皿うどんや茶碗蒸しのおいしかった話など、母からよく聞かされていた日身さんの方が詳しい。束髪に矢絣の着物、紺の袴に編み上げ靴をはいた女学生の母の写真が遺っている。希望に満ちた青春時代であった筈である。なぜもっと聞いてやらなかったのか、不覚にも涙腺が緩んだ。魂が震えると、どうもいけない。

