プロフィール

山下功

Author:山下功
International Network Go Organization President
NPO法人囲碁文化継承の会 理事長
オール慶應囲碁の会 会長
ふなばし囲碁協会 会長
山下塾 塾長
浄土真宗僧侶

毎年千葉県、東京都の幼稚園児・小学生400人超に、仲間たちとともに囲碁入門を指導しています。

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偉きものそは女なり   2017.09.21

旧友の古川秀文君が十冊目の著作を上梓して寄贈された。本の題名は「偉きもの、そは女なり」、である。「薄れゆく歴史の残照」3部作から始まった作品が、今回は柔らかいタッチになっている。立派な装丁である。読んでもらえそうな友人に贈るだけだから、ごく少部数の発行である。一冊の単価は相当高価になるものと思われる。父親、亡くなった妻、旅行仲間、と身近な人々との交流を交えた文章は読み易かった。これなら友人でなくても読んでもらえそうである。電子書籍にして一人でも多くの人に読んでもらえば、と伝えた。と、話はしたが、電子書籍とはどんな仕組みなのか良くわからない。こちらの方は友人土屋君に調べてもらうこととした。ひょんな思い付きだが古川君の世界が広がれば、と願っている。
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最後の頼み   2017.09.01

40年余続いていた「ほしの会」は、幹事の田中君が体調を崩し休会となっている。彼から昨日電話があった。彼とは高校時代クラスが同じで、その時囲碁を教えてから地方勤務を除き65年の付き合いである。身体が弱り出かけられなくなったが、最後に頼みたいことがある、と電話してきた。彼は10年前にガンになり、地元の医師から余命5年と宣告されたが、国立ガンセンターに変わり余命を10年凌いでいる。家の中で伝い歩きがやっとの彼の頼みは、愛用の碁盤の始末である。息子たちと孫は打たないので碁盤を引き受けてくれ、というのである。この碁盤は、ほしの会の仲間であった梅川君が亡くなる前に田中君に寄贈したものである。日本榧の木裏つくりの四寸で木味の良い碁盤である。ベットの横の机には碁盤が置いてある。20手ほど打ち出したが、これくらいにしたい、と言うので打ちかけとした。続きはファックスで打ち進めることにした。医師から二度危ないと言われたが、自分に会ってもう一度元気になろうという気が起きた、と彼らしい気遣いの言葉が出た。家に帰り「生きている意味はある。今を超えれば開けてくる」と手紙を送った。
田中君義父:朝井閑右衛門画伯作品
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あさイチ   2017.06.10

朝食後にNHKのニュースの後、朝ドラを観た流れで「あさイチ」を流していることが多い。今朝は加山雄三さんがゲストである。加山さんとは塾高時代1年間同じクラスで学んだ。両親が有名な俳優とは皆知っていたが、本人は派手な存在ではなかった。同じクラスといっても親しい付き合いはなかった。彼と同じ茅ヶ崎から通っていた彼の従弟尾上君とは親しかった。番組の中でゲストが視聴者に健康法を聞くコーナーがある。投稿しようとネットで調べたら投稿用のフォームがあり手軽にできると分かった。「高校時代同じクラスの山下です、朝起きたら白湯を飲んでいます」と発信した。無論放送はされない。本音は今日の朝食を写真添付して「これぞ、私の健康法」、としたかったわけである。
朝食

新聞記事   2017.06.05

旧友から新聞記事が送られてきた。と言っても旧友と言えるほどの付き合いではない。昨年突然広島から手紙が届き、上京した折に久闊をかこった友井氏である。友井氏は関東大学囲碁リーグ戦で対局したことのある中央大学囲碁部の選手だった。何故この時期に載ったのか不明だが、中国新聞の広島の囲碁連載記事44に写真入りで第16期中国素人本因坊戦(1970年)に挑戦した時の記事が記載されている。6段の囲み記事の中に岩城公順、村上徳祥、菊元五郎、と、かつて自分が対局したことのある懐かしい名前があった。さて本紙の囲碁欄は、とみると将棋欄はあるが囲碁欄はない。おそらく将棋と囲碁を代わる代わる載せているのであろう。折しも、往時の中央大学キャプテンの河合哲之五段の引退のニュースが流れた。
海ほたる

クラス会   2017.04.07

大学のクラス会に出かけた。J組のクラス会は年に2回あり、著名な経済人が二人いるので話題も豊かで面白い。この数年、金曜日は八千代西中学校の囲碁授業と重なり出席できなかったが、昨年から囲碁授業が無くくなったので久々に出席できた。出席者16人のうち杖を突いているのが3人に増えている。また運転免許証返上者が何人もいる。80歳代になったのが3人、と全体が年寄りじみてはきた。今回一番話が合ったのはH君で、学生時代は体育会系で全くのノンポリだったのが日本文化に目覚め、日本人として知るべきことについて啓蒙活動をしている。しばらくメールのやり取りが続くことになりそうである。
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