プロフィール

山下功

Author:山下功
International Network Go Organization President
NPO法人囲碁文化継承の会 理事長
オール慶應囲碁の会 会長
ふなばし囲碁協会 会長
山下塾 塾長
浄土真宗僧侶

毎年千葉県、東京都の幼稚園児・小学生400人超に、仲間たちとともに囲碁入門を指導しています。

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クラス会   2017.04.07

大学のクラス会に出かけた。J組のクラス会は年に2回あり、著名な経済人が二人いるので話題も豊かで面白い。この数年、金曜日は八千代西中学校の囲碁授業と重なり出席できなかったが、昨年から囲碁授業が無くくなったので久々に出席できた。出席者16人のうち杖を突いているのが3人に増えている。また運転免許証返上者が何人もいる。80歳代になったのが3人、と全体が年寄りじみてはきた。今回一番話が合ったのはH君で、学生時代は体育会系で全くのノンポリだったのが日本文化に目覚め、日本人として知るべきことについて啓蒙活動をしている。しばらくメールのやり取りが続くことになりそうである。
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見舞い   2017.03.28

「ほしの会」の定例会は永い間新橋の碁会所であったが、タナカ君が鎌倉から新橋まで通うのがきつくなったので横浜の碁会所に移った。今年1月にN君が入院したので「ほしの会」は休会としていた。彼の様子を聞くと緊急入院して何とか自宅に帰ってきた、と言うので彼の地元鎌倉に集まることとした。年を取って体調を崩すと、もろに外見に現れる。そのうえ前日に転んで貌に傷が残り余計に痛々しい。救急車を勧められたが仲間に会いたいため病院はきつく断ったという。2局打ったが碁の内容がしっかりしている。ヤマウチ君が次はいつやろうか、と彼にいうほどである。だが「あとどれだけ生きられるかわからん」、という言葉に次の約束はできなかった。蕎麦屋でいっぱいやった後電車に乗ったが、別れ際に「今日は楽しかった」、と言ったノムラ君の言葉に気持ちが軽くなった。
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棋友   2017.03.27

ひと月前に「星の会」のヌマクラ君の通夜に一緒に行ったヒラノ君が旅立った。昨年7月に医師から余命2か月と宣告された直後、憤慨して電話してきた。病状などわからぬままに「プルーフ オブ ヘヴン」を読めば、と勧めた。それから互いにこんな本あんな本と勧めたり交換したりしていた。彼との付き合いのきっかけははっきり覚えていないが、一つはゴルフの師匠であった。一緒に会員権を買ったこともある。ゴルフを一緒にすると昼休みかラウンド後に一局打つのが常であった。打ち終わるとどの手が一番問題だったか聞いてくる。とにかく研究熱心であった。通夜の場で「ほしの会」の仲間と追悼連碁を打った。愛用の碁盤石が使い古した碁盤石で、ゴルフ道具に凝る彼らしくなかったのが印象に残った。追悼連碁は味の悪くないうちに打ちかけとするが、今夜は切りがつくまでノムラ君と打ってしまった。H君と打ち足りない気持ちだったからかもしれない。
平野

棋友逝く   2017.02.06

慶應義塾大学囲碁部同期のヌマクラ君が逝った。同期の会では毎月集ってリーグ戦を打っている。先月のリーグ戦に欠席したので会場から電話をしたら入院中で「話すのもつらい」、と言っていた。翌日奥さんに電話して経過を聞き、ご長女には状況をメールで知らせてもらっていた。かなり緊迫した状況と感じたので「安心するよう」に伝えてもらった。痛みと戦っていいる友人に安心しろと言っても言葉が足りないと思い、手紙を書いた。「女房、子供、孫に見送られるのは何よりである。心安らかに逝き給え」と書いた。手紙を出した後、もし生きる希望を持っていたらとんでもないことを書いたか、と気になっていた。その手紙が届いた翌日早朝に亡くなった、と知らせが来た。通夜の席で彼が愛用していた碁盤石で同期の仲間と追悼連碁を打つことにした。会場に行くと孫4人のうち二人が囲碁教室に通っていると聞き、仲間に入ってもらった。60手ほどの味の良い局面で囲碁を知らない孫二人にも入ってもらい、孫4人の連語で締めくくった。「崇岳院金碁居士」は亡くなる前に自身でつけた戒名だが「碁」の一字を入れた思いは繋がったことであろう。
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光童会   2016.12.29

中学生の時1年間日本棋院の院生であった。中学1年生の夏休みに囲碁を覚え2年生で院生になったということは、当時は院生になるのが緩かったにしても1年足らずでかなりの棋力になったらしい。院生同期8名でプロ棋士楠光子さんをマドンナにして作った「光童会」なる会がある。定例で開いているわけではないが、プロ棋士、内科医、精神科医、歯科医、会社員で構成される各ジャンルの新しい情報を聴くのが面白くて折に触れ集っていた。そろそろ「光童会」を設けようか、と、3年ほど前に余命3か月を宣告されて闘病しながら外来診療を続けているN君に電話したら元気な声が返ってきた。年が明けて暖かくなったら集ろう、と言ったら「会える時に会いたい」という。そこで正月早々に会うことになった。8名の会が一人他界し、一人は歩行困難で声だけの参加である。会える時に会っておくことが最優先、と肝に銘じた。
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